沖縄タイムス・リレーエッセイ「どんぐりころころ」

第5回 平成18年10月27日掲載

「未来の子のため / 国動かした母親の誇り」

 

それは最初、あいぱっちくらぶの掲示板で始まった、ほんの小さな活動だった。子供の目の治療に必要な眼鏡に健康保険が使えないことを疑問に思ったある母親が、加入している健康保険組合に相談したところ、適用が認められ7割が支払われた。その報告をきっかけに、保険適用を求める母親が少しずつ現れ、小さなさざ波のように広がっていき、やがて大きなうねりとなった。

掲示板での情報交換を中心に、各地で積極的に審査請求をも行い適用事例を増やす一方、全ての患児に平等な保険適用を求めて私達は署名を集め始めた。掲示板に集う、互いの顔どころか名前も知らない母親達が一致団結し、わずか半年で約3万という数の署名を集め、国に保険適用を求める要望書を提出した。

中央から遙か遠く離れた、沖縄と北海道に住む二人の主婦が中心となり、ネットを駆使して国を動かそうという私達の活動がマスコミの目にとまり、新聞やラジオの取材を受けるようになった頃、「自分の子どものために使うわずかなお金がそんなに惜しいのか」と、活動を批判されたこともあった。けれど私は平気だった。母親達が、自分の経済的負担を軽くするためだけに、この活動をしていたのではないということを、私はよく知っていた。

「私の子どもの弱視が治るまでには、間に合わないかもしれません。でも、後に続く子供たちには、絶対必要なことだと思うので、がんばりましょう!」

署名とともに届く便りには、そんな言葉が多く添えられていた。そんな母親達の熱い心に、私はずっと励まされてきた。

多方面から温かな支援も得た結果、この春厚生労働省から保険適用を認める通知が出され、治療用眼鏡等に対する療養費の給付が4月から始まったことを受け、私達の活動は終止符を打った。ネットを通して集めた署名の数の多さや、実際に国を動かし保険適用を勝ち取ったたことは多くの人を驚かせたようだけれども、「これからの子供たち」の幸せを願うたくさんの母親達の心が、この活動の中心にあったという確かな事実。

それが今でも、私の一番の誇りだ。 

 


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