息子の「なるなる」の弱視が分かったのは、彼が3歳の誕生日を迎えた時でした。「遠視」「弱視」「斜視」、そして「眼鏡」に「アイパッチ」。聞き慣れない言葉ばかりでわけもわからず治療を開始。毎日7〜8時間のアイパッチに始まり、年に3〜4回の大阪通い、そして斜視の手術。
親子3人、無我夢中の3年半が過ぎ、幼稚園卒業の春、なるなるは弱視も卒業しました。これから先も眼科通いは続きますが、「視力を出す」という最大の山を越え、私たち親子の弱視との闘いは終わりました。
弱視とこれから闘う、そして今闘っているみなさんにも、暖かな「卒業の春」が必ずやって来ますように。
Information (2009.06.02)「弱視卒業〜コンタクト常用までの記録」更新しました。
この更新をもって、このHPの更新を終了し、書庫化いたします。
長い間ありがとうございました。
なるなるの弱視卒業までの記録
弱視卒業〜コンタクト常用までの記録
沖縄タイムスリレーエッセイ「どんぐりころころ」
布パッチ商品化への道
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