なるなるの弱視がわかって以来、目と眼鏡のことを少しでも知りたいと色々調べて勉強中だ。
というのも、前にも書いたけど私もとうちゃんも視力がいいし、目の病気をしたこともないので眼科というのに生まれて1度も行ったことがなかった。私にいたっては近視と遠視、どっちがどっちだだか知らないくらいだったし、遠視は良く見える目だという俗説もすっかり信じ込んでいた。
初めてなるなるが弱視だ、と聞いた時もただ単に視力が悪いだけだと思ったし、それですらこの年でもう眼鏡をかけるくらい目が悪いんだと落ち込んだのに、家に帰って調べたら実際は弱視というのは眼鏡をかけても見えないことなんだということを知り、ますます落ち込んだりしたくらいだ。
そんな私なので、図書館で本を借りたりネットで検索したりして調べてみてもどうしても理解できないことがあったりすると、それこそ途方にくれていた。それが最近巡り合ってとても気に入っているホームページ、眼鏡かわら版のおぎさんと個人的にメールのやり取りをさせて頂くようになって、とても詳しく、イマイチ理解能力不足でどうやら「そろそろ頭の曲がり角」にさしかかっているらしい私にも、わかるようにかみ砕いて説明してもらっている。おかげで眼鏡のレンズのことや先生の言葉の意味などをよく理解することが出来るようになった。
直接眼科の先生に聞くのが一番なのだろうけど、実際その場で細かいことを聞くのは難しい。混んでて聞けない雰囲気があるというのもあるけれど、いつもその時に適切な質問は思い浮かばないものなのだ。「これはどういう意味だろう。あれを聞けばよかった。」と思うのは、だいたい病院を出た後だ。なのでこういう風に自分の疑問や悩みに応えてくれる人と巡り合えることが出来るのは、本当にうれしいことだ。ネットのありがたさをつくづく感じる。
そしてそのおぎさんが、メールの中でこうおっしゃった。
「アイパッチは大変でしょう。でも、視力は親の責任です。がんばって下さい」と。
そうなのだ。とにかく今は、見えないからと言って働くことを忘れてしまった、怠けモノの左目を使わせることが視力回復への近道なのだ。そしてそれが出来るのは親である私達しかいない。泣いていやがるなるなるを前に、こんなに泣かせてまで・・・と少しくじけ気味だったアイパッチだけれど、いやいや、今やらないほうがもっとかわいそうなんだ!せっかく3歳でわかったのに、今やらなければ意味がないじゃないか。3歳で弱視だとわかったことは、ものすごくラッキーなことなんだ、と自分に改めて言い聞かせて、もっと毅然とした態度でしっかりがんばることに決めた。
先週なるなるの大親友で、石垣島閑話製作委員会のDaiちゃん一家がビデオを持って遊びに来てくれて、一緒にアイパッチをしてくれたのもいいきっかけになった。アイパッチをしてくれないと泣き言を言う私のことを心配してくれたようだ。持つべきものは友達だ。アイパッチをしていることをすっかり忘れてDaiちゃんと遊ぶなるなるを見て、もう少しアイパッチを楽しく出来る環境を整えることが大事だな、と反省して色々考えた。
今は、家の中でのアイパッチはほとんどナシだ。これでアイパッチを間にはさんで母子が睨み合う、という険悪なムードはなくなった。そのかわり、どこかに出かける時は必ずアイパッチをすることにした。「お出かけするよ、だけどアイパッチしないと行けないよ。」と言うと、なるなるはとても素直に、長い時間アイパッチをしてくれる。
片目だと遠近感がなくなって危ないというのもあるけれど、なんていうか、アイパッチをしているなるなるをさらしものにするような気がして変に気が引けてアイパッチのまま外に出すのを避けていたのだけれど、そうも言っていられない。知った人に会うと必ず、「目、どうしたの?」と聞かれるのが少しうっとうしいが、心配してくれてるのだからしかたがない。まあ、2度聞く人はいないから、通過儀式みたいなもんだと思うことにした。
庭に降りる階段を踏み外して転がり落ちたり、段差につまずいて転んだりするので目がはなせないのが大変だ。でも、外に出ている間は、「No patch...」と時々言うものの、「おうちに帰るまでダメ」というと自分ではずしたりはしない。とにかくスーパーに行くのも散歩に行くのも、必ずアイパッチだ。
とりあえず、このパターンで続けてみよう。
気持ちを入れ替えるきっかけを作ってくれた、Daiちゃん一家と眼鏡かわら版のおぎさんには、とっても感謝しています。ありがとう!