2000.07.12


手術直後

「夜更かし作戦」は成功し、目が覚めたのは朝の9時に、看護婦さんが「あとで測ってくださ〜い」と体温計を持ってきてくれた時だった。ねぼけまなこで体温を測ると、37.1度。うう〜ん、許容範囲かな?どうだろう・・・気になって少し時間を置いて測り直すと、36.8度だったので安心する。

なるなるは何も出来ないので、私だけ顔を洗い、歯を磨く。さすがになるなるの前で飲んだり食べたりする気にもなれないので、私も朝食は抜きだ。どちみち、食欲はない。着替えを済ませてしまうとすることもなくなり、仕方なくベッドに腰掛けて絵本を読んでいた。すると突然ガチャっとドアが開き、「おはよう、なる!」と元気な声がした。驚いて顔を上げると、いつも診ていただいている院長先生が、ドアから笑顔を覗かせていた。「今日はよろしくな!」と言うと、「よろしくお願いします」と慌てて立ち上がった私に、ニコっと微笑み、あっという間に立ち去って行った。

院長先生が行ってしまって数分後、今度は80近いのでは、と思われるぐらい高齢の先生が、看護婦さんを従えて部屋に来た。どうやら麻酔科の先生らしい。あまりの高齢で一瞬たじろぐが、歩き方もしゃべり方もシャキシャキだ。「よお、ボク、何さいかな?幼稚園は、何組?」とニコニコなるなるに話しかけてくれる。そして、パチン!となるなるの手の甲をたたくと、さっと浮き上がってきた血管をうれしそうに指差しながら、「いやー!この子、いい血管してまんなー!こんないい血管、あんまりありまへんで!お母さん、これやったら、チューッとしたら一発でスー!ですわ!!」わっはっは!とご機嫌だ。チューットしたら、スー・・・。思わぬ展開に私は目が点になり、(・・そうだ、ここは、大阪だったんだ・・・)と我にかえる。そして先生は脈をとり、聴診器をあて、喉を診て、あっはっは〜!とご機嫌なまま部屋を出て行かれた。

10時、注射器を手に、今度は看護婦さんが入ってきた。いよいよだ、と緊張する。「はい、なるくん、おしり出してね!」とペロンとパンツをめくる。なるなるは、石垣で精密検査をした時に血液をとった時から、注射があまりこわくなくなったようで、素直にベッドにころがっている。ブチュー!とおしりに注射をされ、一瞬顔が歪むが、「すごい!つよ〜い!!」と褒められ、ひきつった顔のままパンツをはく。看護婦さんが出ていき、おお〜!ホントにすご〜い!と思った私と目があった瞬間・・・ 「うぅ・・うえ〜〜〜ん!!!」と大泣きだ。あらららら、やっぱりおかあちゃんの顔を見るとダメなのね。よしよし、となだめていると、母がやって来た。注射をされて泣いているなるなるに、買ってきた「ばばばあちゃんの絵本」を出してくれ、気をそらしてくれる。そして、最近目の調子が悪いので、手術の前に診てもらってくる、と自分の診察に行ってしまった。

この注射、勝手に予備麻酔のようなものかと思っていたが、後で聞くと口の中の唾液の分泌を抑えるものだそうだ。麻酔中、気管にほんのわずかな水分でも入ると大事だ。喉をからからに乾かしておく必要があるのだろう。ふ〜ん、なるほどねえ。

10時半、「なるなるくん、行こうか!」と看護婦さんが迎えに来た。看護婦さんに抱かれて手術室に消えていくなるなるに、私は手を握るだけで、何も声をかけてあげることが出来なかった。閉まりかけた手術室を未練がましくのぞいていると、中は想像以上にたくさんの先生や看護婦さんでごった返していたが、ふっと私に気付いた院長先生が、ニコッ!と笑顔で手を振ってくれた。「まかせとき!」と言ってくれたような気がして、思わず心の中で、(先生、先生、なるなるをよろしく!)と願う。そして、ドアがパタンと閉まった。

手術室は、2階への階段を上がったところにあり、その両サイドに病室がある。一人でポツンと立っていると、なんだか悲しくなって涙がこぼれる。けどここで私がメソメソしてても仕方ない。なんとか中の様子がわからないかと、なるなるが入っていったのとは反対側の、手術台に近いと思われる方のドアに回り、何か声が聞こえないかとドアに耳を押し付けてみる。すると、中から聞こえてきたのは・・・

「まてぇー!!、バイキンマン、そうはさせないぞ!!」「アンパンマン、がんばって!!」・・。

えーー?!まっ、まさか、先生達、アンパンマンを見ながら手術してるなんてことは・・・まさか、まさか・・・と一瞬頭がクラクラする。そこに今度はたっくんが、看護婦さんに連れられてやってきた。「じゃ、中で、アンパンマンのビデオを見ながら、麻酔しますね!」とお母さんに話している。そ、そうか、そうだったのか。ああ、ビックリしたよ・・・。今日は時間差で、たくさん手術が行われているようだ。なるなるが入る前に、部分麻酔で斜視の手術をしたらしい子供が出てきてご両親と一緒に休んでいた。なるなるが手術をしている間に、たっくんはアンパンマンを見ながらお休みなさい、というわけか。

中には眼科の先生が3人、麻酔科の先生が3人、看護婦さんが4人入っている。多分、手術台が2台か3台あって、順番に麻酔をかけ、言い方は悪いが流れ作業のように手術をしているのだろう・・・。

たっくんママはやってきたたっくんパパと一緒に部屋に戻ってしまったので、私はまた一人、廊下をウロウロしていた。まるで出産を待つパパの気分だ。まだかまだかと待っていると、ちょうど11時ごろ、手術室のドアが開いた。看護婦さんに抱きかかえられて、点滴の針がささったままのなるなるが出てきた。なるなるは、腕の中でゴホ!ゴホ!!と異様に咳込んでいる。一緒に病室に戻り、ベッドに寝かせると、なるなるは暴れ始めた。錯乱状態で、目がすわっている。

「メメがいたいー!」
「テテがイタイー!!」
「パッチとって!おかあちゃん!おねがいーー!!」

暴れながら、なるなるは延々と叫んでいる。何度も咳込み、涙を流しながら・・・

私は、動揺した。全身麻酔というのは、部屋に戻ってきてもしばらく眠ったままだと勝手に思っていたのだ。戻って来る時に目が覚めているなんて状態は、私は想像していなかった。

点滴をしていない方の右手で、左目のガーゼをはずそうと手を延ばす。「ああーー!!」「お母さんっ!!押さえて!押さえて!!」看護婦さんに言われ、呆然としていた私は我にかえり、慌ててベッドに上がって馬乗り状態でなるなるの両手を押さえる。4歳といえども、錯乱状態の子供の力は強い。点滴をしている右手に添えてある添え木のようなもので、何度も頭をパコーーン!!と殴られた。

「なるなる、大丈夫、大丈夫、おかあちゃんがついてるよ!!」
「おかあちゃん、いたいよー!メメいたいよーー!!ぱっちとって、おねがいーー!!」
「がんばって!!おかちゃんもがんばってるよ!!」
「いやだー!がまんできないー!!なるだけ、なるだけイタイのにぃーー!!!!」

そう言われると、言葉がない。錯乱状態のなるなるは、「めがね、めがねとって、おかあちゃん!なる、めがねしないと!!」「めがねかけるー!!」とやたらと眼鏡にこだわる。「いいんだよ、眼鏡はいいんだよ、しなくていいんだよ」と何度いっても、「いやだ、めがねしないと、メメが、なるのメメが、悪くなっちゃうんだよぉーー!」と大暴れだ。普段、「眼鏡しないと目が悪くなっちゃうよ」と言い聞かせていたのが、ホントになるなるの中には、一種の恐怖心として、刻み込まれていたのかもしれない・・・。

看護婦さんはたっくんの手術もあるし、「一人で大丈夫ですか?」と心配しながらも出て行ってしまった。暴れるなるなるとしばらく必死に格闘していると、手術を終えたらしい院長先生が、「おー、暴れてるなー!」と見に来て下さった。本来なら母として、「先生、ありがとうございました。」と頭を下げ、きちんとお礼を言わねばならないのだが、こっちはなるなるに馬乗りでそれどころではナイ。「麻酔で頭がボーッとしてるだけで、それほど痛みはないはずですよ」と一言言われ、先生は立ち去られた。痛みはないハズと言われても・・・。この暴れよう。暴れて叫び続けるなるなる相手にすること30分、ようやく落ち着いたなるなるが眠りに落ちた頃、自分の目の診察を終えた母が病室に戻ってきた。

ベッドで静かに眠るなるなるを見て、「麻酔、よくきいてるなあー」と目を細めるおばあちゃん。オイオイ、今まで地獄だったんだよ!!と内心思いながら、「今、やっと寝たんよ・・」と顔をひきつらせて言うと、「そろそろやろ?」と母。どうやら、ようやく麻酔がきいて、今から手術だと思っているらしい。「・・・手術終わってんけど・・・」というと、「えーー!!もうーー?!」と心底驚いている。ああ、なるなるの目が覚めて戻ってくるとわかっていたら、診察なんか行かせず、部屋にいてもらったのに。一人で押さえるのはホンマに大変やってんから・・・。いや、でも、あの錯乱状態のなるなるを見せなくて、母にはよかったのかも・・・。

12時半ごろ、心配した父も来てくれた。眠っている隙にと、おとうちゃんに電話をかけに行く。無事に手術が終わったこと、麻酔のせいで興奮してあばれていること、などを早口に告げ、さっさと電話を切る。そばで見ている私も辛いけど、電話の向こうのおとうちゃんは、もっと辛いだろう。状況が何もわからないから、想像だけしか出来ないし。もっと話したいと思いながらも、今はそれどころではなかった。

なるなるはその後も、眠ったと思ったら目が覚めて、叫び暴れるを繰り返した。その度に3人で手を押さえ、むなしいけれど「がんばれ!!」と声をかける。「いたいよー!いたいよー!おかあちゃん、なるのメメがいたいよぉーー!!お願い、パッチとってー!!」と叫ぶなるなるに、「いたいね、いたいね、ホントにいたいね」としか言えない。痛みを分けあいたいと思っても、なるなるの痛みは私には伝わってこない。

2時半ごろ再び目が覚めたなるなるは、「いたい、いたい!」「めがね、めがね!」を繰り返しているが、さっきよりはやや落ち着いているようだった。採尿しないと点滴がはずせないと言われていたので、おしっこが出るか聞いてみる。「チー出ない!」と言っていたなるなるだが、「おしっこしたら、これ(点滴)はずせるよ、やってみようか?」と何度かうながすと、ダッコでならトイレに行くという。なるなるを抱きかかえ、病室のすぐ前のトイレに行き、尿をとる。すぐに検査してもらい、ようやく点滴が外れた。しかしあまりに痛がるなるなるを見て、看護婦さんは痛み止めの座薬を入れることに決め、なるなるを横向きに寝かせてロケットを入れる。何も飲みたくないというなるなるに、「飲まないと治らない」と言い聞かせ、ほんの少しお茶を飲ますと、またスーッと眠ってしまった。そして看護婦さんが、今日から4日間飲む粉薬をくれる。私と母を見比べてから、「え〜っと・・おばあさんに説明しておきましょうね、これは食事がすんでから・・」と母に向かって説明を始める。ハハハ・・目薬を忘れてた私は、すっかり信用を無くしてるようだ。

3時半ごろ母が帰ってしまって少しすると、なるなるが再び目を覚ました。麻酔が切れてきたのか、さっきより、目がしっかりしている・・・。相変わらず、「メメいたい」と泣いてはいるが、座薬が利いているようで、暴れたりはしない。お茶を少し飲ませ、ゼリーを食べるかと聞くと食べたいというので、看護婦さんに聞いて、少しだけゼリーを食べさせる。そして検温。体温36.8度。そのあともうとうとしては目が覚めを繰り返すが、目が覚めるごとに、しっかりしてくるのがよくわかる。「目には絶対さわっちゃダメ」と念をおすと、「ウン、わかった」という返事。落ち着いてきたなるなるを見て安心したせいか、5時ごろから7時ごろまで、私も一緒に寝てしまった。

7時半ごろ、母が買っておいてくれた冷やしうどんを食べようと準備をしていたら、先生が診察にやってきた。院長先生ではなく、まだ40代ぐらいの、若い先生だ。ちょっと河村隆一に似てる美形だ。今日はありがとうございました、とお礼を言うと、「いやあ、この子は、ものすごく落ち着いてましたよ!点滴の注射をするときも、手術台でまっすぐ横になったままピクリとも動かないんで、驚きましたよー!」と褒めてくれる。そうか、なるなる、手術台の上でも、泣かなかったんだ・・・チューっとしたら、スーだったわけだな、うん。「すごかったよな、ボク!」と先生に声をかけられたなるなるは、斜め下を向いたまま、口をとがらせてプッとふくれている。「どうしたん、ボク、先生のこと、怒ってるの?痛いことしたから、キライになっちゃった?」と先生も気をつかってくれるが、なるなるは返事もしない。ハハハ・・・医者は損です、と苦笑いを残して、先生は出ていかれた。なるなるに、どうして返事をしなかったのか、と聞くと、「だって、なる、おうどん食べたかったのに・・・」と言うので笑ってしまった。そうか、おうどん食べたかったのか、食欲も出てきたんだね、もう大丈夫だね!

7時45分に再び検温。36.5度。熱もなく、もうホントに安心だ。となりからたっくんママが、「なるく〜ん、にぃにぃ、おやつ食べてるよ、一緒に食べないー?」と声をかけてくれる。どうやらたっくんも元気が出てきたようだ。カーテンを開け、手術後初めてのご対面。片目をパッチしたなるなると、両下まぶたにガーゼのたっくん。昨日ほどの元気はやはりないが、2人でおとなしくベッドの上で遊んでいた。ママたちはその間に、メアドの交換などをして、無事に手術が済んだことを喜びあった。途中、おとうちゃんから電話が入り、呼び出しがかかる。なるなるを電話口に出すと、思わずなるなるの元気な声が聞けて、心底安心したようだった。

今日は早く寝せよう、ということで、9時に間のカーテンを閉めてお別れだ。ベッドに入り、ばばばあちゃんの絵本を3冊、ぐるんぱのようちえん、そして昨日買った仕掛け絵本を2冊読んで、電気を消した。

今までの私の人生で、一番長い1日が、ようやく終わった。