2003.03.07

気温25度近い石垣島から、20度の気温差を経て大阪へ。この3年、何度こんな旅をしたことだろう。しかも今回は卒園も近いこともあり、たった二泊三日の大阪行き。行きは到着が夕方だし、帰りは早朝。実質50時間程度しか大阪にはいないのだ。

それでもどうしても、3月に検診を受けておきたかった。なるなるはこの3月で幼稚園を卒業し、4月から小学生になる。小学生になる前に、ある程度今後の「目処」をたてておきたかったし、何より「卒業」の一言を頂きたかった。

そう、去年、視力1.0が出てから、アイパッチをずっと外して様子を見ていた。家で見ている限りでは、特に視力が変動しているようには感じられなかった。きっと卒業出来る。手応えがあった。

大阪に着いた翌日、早速病院に向かう。朝から雨のあいにくの天気のせいか、いつもより病院がすいている。すぐに名前を呼ばれ、視力検査を受ける。先生に呼ばれ、お話しを聞く。

視力はやはり、1.0で安定していた。ただ、斜視がまだまだ不安定で、慎重な検査の結果、今回さらに度を足すことになった。今までは左目の視力が悪かったため、右目にしかプリズムを入れることが出来なかったが、左目の視力が出たため、今度は左にもプリズムを入れることになったのだ。左に10度、右に15度、あわせて25度のプリズムを入れる。

斜視はこれからも小幅に変動を続けるようだ。検診の度に、プリズムの度を増減しながら、斜視の状態が安定するまで様子を見ていくことになるだろうとのお話しだった。そして最終的に残った度を、手術で調節することになるようだ。

久しぶりに、シノプトと呼ばれる両眼視の検査もしてもらった。すいていたのでこれまた久しぶりになるなると一緒に検査室に入り、隣で見せてもらうことにする。左目と右目、別々に見ているものをレバーを操作して重ねたり、ブランコの絵が前に揺れているか後ろに揺れているのかを言わせたり、素人にはよくわからない検査だ。初めてやった時は検査の意味も訓練士さんの質問も、なるなるがよく理解出来たとは思わなかったが、今回は言われた通りに出来たようで、成長を感じた。大きくならないと出来ない検査もやはりある。

両眼視の検査では、今回は全滅というわけでもなかったらしい。けれど「検査で集中してやって出来るからと言って、普段の生活でも両眼視をしているかというと、それとこれとは別問題」という先生のお話に、なんとなく納得する。なるなるは意識すれば両眼視出来るが、意識していない実生活の中では出来ているのかどうか怪しい。斜視もあるし、複視もある。出来ていないと考える方が正しい気がする。

両眼視に立体視、今後斜視の治療を続けていく中で、出来るようになるのだろうか。斜視の治療の最終目標は、この両眼視だと聞いている。両眼視機能が備わっていなければ、就けない職もまだある現実。なんとか出来るようになって欲しい。けれどもし、出来るようにならなくても、彼の能力の限界を、受け入れる準備を私は少しずつ始めておかなければいけないのかもしれない。

視力が安定したこと、小学校に入学することなどを考え、検診のペースを年に2回に落とすことを先生に相談し、了解を得る。「先生、アイパッチも弱視も、卒業ですか」と聞く私に、先生は「ようやくここまで来ましたね」とニッコリ笑顔を返してくださった。

3歳の誕生日から、ちょうど3年半。
私たち親子は、弱視から卒業した。






入れかわりやってきた親子は、3歳の男の子とそのおかあさん。
3歳児検診の家庭での検査でおかしいと思い、連れてきたと言う。

「遠視」「眼鏡」「アイパッチ」、先生の言葉にとまどう姿は3年半前の私だ。

先生が、「『あいぱっちくらぶ』っていうのがありますよ。ネットで見てみなさい、元気が出ますよ」とそのお母さんに教えてあげていた。しぇるさん、アドレスを教えてあげてと言うので、メモに書いて手渡した。手渡したお母さんの目にはうっすら涙が浮かんでいた。

卒業していく私たちと入れ違いに、新たに弱視に向き合う親子がいる。

どの親子にも、暖かな卒業の春風が吹く日が、きっとやって来ますように・・・。