検査の2日後の今日、友達と会ってから夕方家に帰ってくると、母が異常に興奮していた。
「あんたっ!!電話があったんよ!!ほら、なるなるの先生からっ!!」
聞いた瞬間、「なんかなるなるの目にまずいことでもあったかな」と思ったが、話は意外なものだった。「布パッチの商品化のこと、ホンマに話が進んでるらしいでっ!!急いで電話しなさいっ!!」
ええーーーーっっ!???
である。
だって、布パッチを見せたのはたった2日前。
そ、そんな急に話が進むわけ?!思い起こせば、アメリカの弱視の子供を持つ親の参加するMLで、この布パッチのことを知り、なんとか手に入れたいと個人輸入をしたのがこの7月。HPで紹介し、みかんまるさんがそれを参考に型紙をおこして下さり、ままごんさん、ピカママさん・・と布パッチの輪が広がった。
使っていく上で、完全遮蔽でないことが気になっていたし、なによりも主治医である先生が布パッチのことをどう思われるかというのが気になっていた。
そして2日前の検診の時、先生に、「かぶれてパッチが出来ないので、これを使いたいのだが」と、布パッチをお見せしたのだ。先生はとても感心してくださり、「メーカーに見せたいから、1つ欲しい」と言っていただき、喜んで1つ差し上げたのだった。
母の話だと、先生が懇意になさっているナントカとかいうメーカーに作らせてみようと思っている。詳しい話が聞きたいから、7時でも8時でもかまわないので必ず電話が欲しい、だれが出てもすぐにわかるようにしておくから、とおっしゃっていたそうだ。
あわてて診察券をとりだして、電話をかける。
「あの、先生からお電話頂いたようなのですが、布パッチのことで・・・」と切り出すと、相手は意外にも、「はあ?」と気の抜けた返事だ。誰に言っても分かるよう、話を通しとくんじゃなかったわけー?とあせりながら、「あの、布パッチのことで・・」と言って気がつく。私ってば、慌てて本院の方に電話しちゃったよ!!分院の方に電話をすると、「なるなるの母ですが、先生からお電話をいただいたようで・・・」と言っただけで、「はいっ、わかりました」と電話をつないでくれた。
「いや、布パッチの件なんですけどね、あれをボクの知っているメーカーに作らせてみようと思ってるんです。それで、パテント(専売特許)のことなど知りたいことがあるので、オリジナルを持ってらしたら、オリジナルのパッチと、販売元のアドレスなんかを教えてもらいたいんです。」と、ハキハキと先生がおっしゃる。そのメーカーは、なんと「パッチといえばカワモト」、の川本産業さんだったのだ!!
ホントなんだ・・・とうれしさと興奮で頭が真っ白、体がじんっと熱くなってしまった。
「問題は、おかあさんが手作りしているアップリケの部分ですねえ、あれをあんなに細かくしていたらコストがかかりますからね。コストを下げつつ、子供が喜ぶデザインを考えないといけないですね」と、先生はもうすっかり商品化にむけて熱心に構想を練っていらっしゃる様子だった。先生の熱意に心を打たれながら、私といえばもうすっかり興奮してしまって、「ぜひ日本で簡単に手に入るようにして下さい!お願いしますっ!!」と言うのが精一杯。来週病院を訪れる約束をして電話を切った時には、まるで夢のようで、すっかり放心状態だった。
どうやら先生は、私たち親子がもう石垣に帰ってしまったと思っていたようで、最初石垣に電話をかけたらしく、「なるなるの目になにかあったのか」とおとうちゃんが心配していた(笑)。こうこう、こういう事情だと伝えると、ホッとしたようで、「人様にお役にたつようなことが出来てよかったなあ」などとのほほんとしている。
大阪の家族は、「これがあんたのオリジナルやったらパテントとってナンボでももうかったのに!」と、すっかり大阪の商人根性丸出しで、ダンナが「人様の・・・」などと言ってたと話そうものなら、「ホンマ商売っ気のない人やなあ!」とあきれ顔だ(笑)オイオイ、あたしゃあんたたちの商人根性の方がコワイよ、大阪の人間ってみんなこうなのかしら?(←自分も大阪人)
弱視と闘う!の掲示板で、この嬉しいニュースをみんなに伝えたいと思ったが、まだ正式に商品化が決まったわけでもないのにこんなことを公にしてしまったら、先生にもメーカーさんにも迷惑がかかるかも、と思い直し、一緒に布パッチの輪を広げていった、ほんの数人の仲間、みかんまるさん、ままごんさん、ピカママさんとゆいさんだけに、このうれしいニュースを「極秘事項」としてメールで伝える。みんなそれはそれは喜んでくれたのはもちろんだ。
パテントの問題やコストの面から、実際に商品化されるまでには時間がかかるだろうし、もしかしたら、計画自体が日の目を見ることなくポシャってしまうことだってあるかもしれない。
それでも、「粘着に苦しむ子供たちを何とかしたい」と試行錯誤していた私たちの気持ちが、先生の心を動かし、そしてついにメーカーが動いた、というのは私たちの誇りだ。
今日のこの日記が、いつかHPで公開出来る日、粘着の苦しみから子供たちが解放される日が来ることを、心から望んでいる。